
これは、私の地元・長野県の山間にある祖母の家で体験した出来事です。
夏の蒸し暑い夜、ひぐらしの声が遠ざかっていく頃——
本当に“人”だと思っていたものが、実は……違ったのかもしれません。
第一話:午前4時のノック音
高校3年の夏休み。大学受験を控え、私は祖母の家で静かな勉強合宿をすることにした。
標高が高い山の上にあるその家は、夜になると涼しく、エアコンも必要ない。
昼間はひぐらしが鳴き、夜は真っ暗。月明かりと虫の音しかない世界。
祖母の家には、奇妙な決まりがあった。
「午前4時に玄関をノックする音がしても、絶対に出ないこと」
小さい頃にも聞いたことがあるが、当時は冗談半分だと思っていた。
だが祖母は真顔で、紙にまで書いて私に手渡してきた。
夜、午前4時ぴったり。
カサ…カサ…と障子が揺れた。
——風かと思った瞬間。
「コン……コン……」
玄関から、はっきりとノック音が聞こえた。
2回だけ。間隔を置いて、また2回。
一定のリズムだった。
寝ていた私の心臓はドクドクと音を立てた。
祖母は隣の部屋で寝ている。聞こえていないはずがない。
しかし、部屋は静まり返っていた。
私が息を潜めて布団を握りしめていると——
「……たの、も……し……」
それは、“声”だった。
男とも女ともつかない、耳元でささやくような声。
ドア越しのはずなのに、まるで障子一枚隔てたすぐそばにいるような気配。
冷たい汗が背中を伝った。
やがて音も声も消えた。
朝になって祖母に話そうとしたが、口に出せなかった。
ただ、祖母が何も聞いていないかのように、
「お味噌汁、ちょうどできたよ」
と微笑んだのが、不自然に思えた。
第二話へ続く:「裏山の墓石と赤い着物の女」
タグ:
#怪談 #実話風怖い話 #夏の怪談 #祖母の家 #深夜のノック音 #ホラー体験談
コメント