【実話怪談】七月の来訪者

第三話:最後の夜と、代わりに来たもの

交換される——。

祖母がそう口にしたとき、私は直感的に理解してしまった。

「助かりたければ、誰か“代わり”を招くしかない」

…その意味を。

その夜。祖母は畳の間に私を呼び、線香を焚いた。

そして一枚の白い紙と筆を手渡してきた。

「ここに、“来てほしい人の名前”を書きなさい」

一瞬、意味がわからなかった。だが、祖母の目は本気だった。

そう、「交換」とは——

“私の代わりに、その人が来るように祈る”こと。

名前を書いた人が、次の「午前4時の訪問者」の対象になるという。

「嫌なら、ここで終わりでもいい。

——ただ、明日の朝日を見ることはできないけどね」

選択を迫られた私は、震える手で筆を取った。

数分後、私は名前を書かずに紙を破った。

誰かを犠牲にしてまで、生き延びることはできなかった。

祖母は何も言わず、破られた紙の灰を火鉢で燃やした。

「……そう。ならば、もう誰も守れないね」

その言葉の意味はすぐにわかった。

深夜3時58分。

空気がぴたりと止まる。風も虫の声も、何もかもが消える。

時計の針が4時を指したとき——

「コン……コン……」

聞き覚えのあるノック音。

2回。間を置いて、もう2回。

そして——

「……たの、も……し……」

次の瞬間、祖母が私の前に立ち、襖を閉めた。

「お前は、何も見ないで。ぜったい、振り向くな」

そう言い残し、祖母は玄関へ向かった。

襖の向こうで、ガラガラ……と扉の開く音がした。

——誰かが、入ってきた。

そして、誰かが連れて行かれた。

朝、私はひとりだった。

玄関も、仏間も、祖母の部屋も……どこにも、いない。

ただ、玄関の床に落ちていた。

白く焦げた紙片と、そこににじんだ墨の文字。

そこには、震えた筆跡でこう書かれていた。

「山本 梓(祖母の名前)」

私の代わりに、“来てくれた”のは——

祖母だった。

それ以来、毎年7月になると、私は決まって午前4時に目が覚める。

ノック音はもう聞こえない。

けれど——

窓の外には、必ず赤い着物の女が立っている。

まるで、

「次はあなたの番」と言わんばかりに。

【完】

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